
カメラマンについて
ここで生まれ育った人は、見慣れているから通り過ぎてしまう。旅行で来た人は、どこを見ればいいか分からない。ぼくはちょうど、その真ん中にいます。だから、あなたが毎日通っている道でも、まだ「おっ」と足が止まる。その目のまま、あなたを撮ります。
日本に来て15年以上。惹かれてやってきて、気づけば大阪が帰る場所になっていました。それでも、ぼくはここで育っていません。だからいまだに、路地の看板や、夕方に光が差し込む角度や、シャッターの閉まった商店街の色が、いちいち目に入ってきます。地元の人が「別に、普通やで」と言う場所ほど、ぼくには面白い。
その見方は、人に対しても同じです。自分では地味だと思っている癖、目線を外すときのタイミング、笑う直前の一瞬。本人が「こんなの普通」と思っているところが、だいたい一番その人らしい。それを見つけて、ちゃんと写しておくのがぼくの仕事だと思っています。
だから、かしこまった「はい、チーズ」はあまり撮りません。好きなのは、何かをしている途中に出てくる顔です。知らない道を曲がったり、喫茶店に寄ったり、くだらないことで笑ったり。先に体験があれば、顔はあとから勝手についてきます。
この撮り方の原点は、古い家族のアルバムです。心に残っていた写真は、完璧な一枚ではありませんでした。少しブレていたり、構図がずれていたり。それでも、その日のことが丸ごと写っていた。ぼくが撮りたいのは、商品みたいな写真ではなくて、記憶みたいな写真です。
だから撮影の前に、少し話します。何を撮りたいかだけじゃなくて、どんな人なのかも知りたいから。レンズも、その会話で決まることがあります。完璧に写らないほうが似合う人もいれば、かっちり写ったほうがいい人もいる。決めるのは機材の趣味ではなくて、目の前にいる人です。
撮っていないときは、だいたい大阪をあてもなく歩いています。自転車かローカル線で、うまいコーヒーを探して、隣に座った人と喋って帰ってくる。結局いちばん好きなのは人で、たぶんそれでこの仕事をしています。
撮影の前に少し話します。何を撮りたいかだけじゃなくて、どんな人なのかも知りたいから。